新型コロナウイルス感染もようやく収束の兆しがみえ、
全国一斉に割引トラベル発売となりました。
行く途中、小岩井農場に初めて立ち寄りました。
「小岩井農場」って地名?
小岩井農場の創設者、小野義眞(日鉄副社長)岩崎彌之助(三菱社社長)
井上勝(鉄道長長官)の三名の頭文字なんですって!
すでに牛さんは牛舎の中。
写真撮影用のホルスタイン2頭が出迎えてくれました。
借景は雨上がりの岩手山。うっすら紅葉もしています。
時々小雨がぱらつく中、タクシー・バスに乗り、農場内を見学。
展示資料館
小岩井農場資料館前でバスを降り、グリーンのマットの上で
靴底を殺菌し1号牛舎へ。
1号牛舎
1階は搾乳牛用、2階は乾牧草貯蔵用倉庫
当時、場主であった岩崎久彌の命により「30年後でも恥ずかしくない牛舎を」
と建てられた当時最新鋭のスタンチョン式牛舎。
他の牛舎と屋根の傾斜が違い、雪が落ちやすいようにできている。
一頭ずつ並列にお行儀よく鉄パイプの個室に入れられた大きな身体の
ホルスタインの牛さんたち。身動きできずストレス溜まりそう!
何しに来たの?と迷惑そうにこちらを上目で睨んでいました。
ゴメンナサイ!すぐ失礼しますぅ・・・・異様な臭いに長居はできません。
1号牛舎を後に煉瓦サイロを左手に見学しながら、
宮沢賢治詩碑のあるまき場園へ。
サイロとは、冬期間の家畜の飼料を確保するため、サイレージという
発酵飼料をつくる施設。
隣接する第二号サイロ(明治41年築)と共に日本に現存する最も古いサイロと
いわれ日本に畜産が根付いた初期の様子を伝える貴重な資料です。
宮沢賢治詩碑
すみやかなすみやかな万法流転のなかに
小岩井のきれいな野はらや牧場の標本が
いかにも確かに継起するといふことが
どんなに新鮮な奇跡だろう。 宮沢賢治
宮沢賢治は農場とその周辺の景観を愛好し、しばし散策した。
なかでも1922年(大正11年)5月の散策は、詩集「春と修羅」に
収録された長詩「小岩井農場」のもとになった。
この詩の中には当時の農場の様子も描写されている。(続く)